イクメン図鑑vol.8

★2019年2月発刊

  •  「父親育児が救う! 子どもの未来」京都大学大学院 人間・環境学研究科准教授 柴田悠先生インタビュー
  • 京都のイクメン10人を取材!
  • がんばる企業のイクメンサポート
  • ハンデを抱える我が子がいとしい「愛々イクメン」5人を取材!
  • <イクメン考>家で職場でコミュニケーションアップを! 詩人のきむさん

 

<編集長より>
「働き方改革」という言葉をあちこちで聞くようになりましたが、まだまだ厳しいのが現実。それでも今号では、双子のパパさんと育休取得のパパさんが多く登場くださいました!
本誌の巻頭インタビューは「父親育児が子どもの未来を救う」というタイトルですし、もっともっと子育てしやすい社会になるようにと願う編集部です。ますますパパの育児力がアップして、ママと子どもたちの笑顔が増えますように。そして、「上級イクメンパパ」にどんどん登場いただきたいです!


父親育児が救う!子どもの未来

父親の育児効果を検証!父親育児が救う!
子どもの未来母親ストレスが我が子の社会的不利 を招く!予防できるのが父親育児!

2016年6月に『子育て支援が日本を救う―政策効果の統計分析』を出版した京都大学大学院人間・環境学研究科准教授の柴田悠先生。もうすぐ2歳になる双子のパパでもあり、自身が育児休業を半年ほど取得。より力を込めて父親の育児効果の研究に取り組む柴田先生に、パパが育児をするとどんな良いことがあるかを聞きました。

柴田悠(しばたはるか)先生
京都大学大学院
人間・環境学研究科准教授

【プロフィール】
1978年、東京都生まれ。
京都大学総合人間学部卒業、
京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。
京都大学博士(人間・環境学)。専門は社会学、社会保障論。
同志社大学政策学部准教授、
立命館大学産業社会学部准教授を経て、
2016年度より現職。

育児の長期効果

 育児・家事は大変です。特に育児は成果が出るまでに時間がかかります。子どもは生まれてすぐは笑わないし、すぐには変わらないですが、だんだんと新しいことにチャレンジする喜びで成長します。
 日本では生後直後の父親育児が乏しい現状があります。父親の育休取得率はわずか5%で、しかもその大半が1カ月未満です。約半年の育休を取れた自分はとても恵まれていました。
 では、父親の育児は、子どもにどのような影響をもたらすのでしょうか。
父親育児の効果については、インターネットで調べてみても、なかなか情報が出てきません。それはそのはず。日本ではしっかりした実証研究がほとんどない状況ですし、世界的に見てもしっかりした実証研究はまだ少ないのです。育児の効果は子どもが生まれた直後(0歳)から育児のデータを追跡調査していかないと、しっかりとした検証ができませんが、そもそもそのような調査がまだ少ないのです。
 主に1990年代から、先進諸国で「0歳からの全国規模の長期追跡調査」が始まりました。日本では2001年から厚生労働省が追跡調査を開始しました。私はその厚労省のデータを使って、現在、父母の育児の効果を分析しています。
 ただ、日本でもこれまで全く研究がなかったかといえば、そうではなく、少なくとも一つ、重要な研究がありました。それは、お茶の水女子大学の菅原ますみ教授らの研究グループが、1984年に生まれた約300人の子どもを長期的に追跡調査したデータを使って、養育環境と子どもの発達の関連を検証した研究です。


『子育て支援が日本を救う』
2016年6月出版

それによれば、

▼「低所得家庭」で、「困難気質(生後半年時)の子」が生まれ、「父親が若く、養育態度( 歳時)が冷たく、過干渉」で、「母親の父親への信頼感(5歳時)が低い」場合には、

▼「母親の子への愛着感」が低くなりやすく、それにより5歳以降に「子の問題行動」(わがまま、かんしゃくなど)が増えやすい。そしてその問題行動が多い子どもは、その後「引きこもり」(14歳時)になりやすい。

 この研究結果から考えれば、「5歳までの父親の育児参加」がしっかりしていてその養育態度が温かければ、母親の子への愛着感が維持されて、子の社会的不利(問題行動や「引きこもり」など)を予防できると予想できます。
 しかし、実はこの追跡調査では、「9歳以前の父親育児のデータ」がそもそも記録されていないため、「5歳までの父親育児」の効果を検証することができません。そこで私は、2001年に始められた厚労省による追跡調査のデータを使って、「5歳までの父親育児」の効果を分析しています。そしてここでも、「0歳からの父母による育児は、子どもの将来の社会的不利に対してどのように影響するのか」を検証しています。


父親育児と子の社会的不利との関連は?

 私が分析に使っているデータは、厚生労働省が実施している「21世紀出生児縦断調査」(2001年の1月10日~17日に日本で生まれた0歳児全員に配布し初回は9割にあたる約2万人の親から回答あり)の追跡データで、0歳から15歳までの毎年の親の回答データ約7500人分です。回答した親の9割は母親です。また11歳からは子の回答データも含まれています。
 そしてこのデータの中で、父母育児との関連をみる「将来の社会的不利」として、私は「義務教育(小中学校)在籍中での不登校傾向」(学校に行かない、または行きたがらない状態)に着目しています。
 もちろん、不登校は必ずしも不利とはいえませんし、不登校によって子どもが何かプラスのものを得ることもありえます。しかし全体的な傾向として見れば、2006年に不登校だった中学3年生をその後文部科学省が追跡調査したところ、彼らは高校進学率が低く(全生徒98%に対して85%)、大学・短大・高専・専門学校への進学率も低い(全生徒59%に対して38%)という実態が明らかになっています。教育達成が低いと、就職面などいろいろな面で将来に不利が生じやすいでしょう。
 私の分析では、厳密な因果推論はまだできていないので因果関係は不明で、あくまで統計的な関連にすぎませんが、次のような父親育児のメリットの可能性が見えてきました(妊娠時の父母の学歴や経済状況、家族構成などの影響は除去してあり、以降でもすべて同様です)。
★0~2歳で父親の育児頻度が高いと → 3~5歳で母親の育児ストレスが低い
★3~5歳で母親の育児ストレスが低いと → 子が小中学校で不登校傾向になりにくい

 2歳までの時期に父親が育児に頻繁に関わった場合は、5歳までの母親の育児ストレスは低い傾向があります。そして、5歳までの母親の育児ストレスが低いと、のちに子どもが小学校や中学校で不登校傾向になりにくい傾向があります。また、小中学校での友人関係満足感や学校生活満足感も高く、中学校で友人関係に悩む確率も低い傾向があります。「幼児期の父親の育児頻度は、母親の育児ストレスを減らすことで、子どもの将来の社会的不利を予防できる」という可能性が見えてきたのです。


父親育児と子の非認知能力との関連は?

 育児の世界では今、「幼児期に非認知能力をいかに高めるか」が注目されています。非認知能力とは、言語能力や計算能力のようなIQで量れる認知能力「以外」の能力のことで、分かりやすくいえば意欲や自制心、社会性などのことです。そのうち、とくに感情コントロールや社会性は、0~3歳の時期に最も柔軟に発達することが脳科学の研究で分かっています。
 そして、この非認知能力を幼児期に十分に高めておくと、将来の教育達成や就業能力、経済状況、法律を守る能力などが良好になりやすいことが、アメリカの調査研究で示唆されています。
 厚労省の「21世紀出生児縦断調査」では、5歳半の時点で、この非認知能力を測定できると思われる6つの質問を、親に尋ねています。具体的には、「落ち着いて話を聞けるか」「ひとつのことに集中できるか」「がまんできるか」「感情をうまく表すことができるか」「集団で行動できるか」「約束を守れるか」です。これら6つの質問への親の回答を、「はい」なら1点、「いいえ」なら0点として合計し、0~6点の幅で点数化しました。
 すると、0~5歳の時期に父親の育児頻度が高いと、子どもの5歳時の非認知能力の点数が高い傾向がありました。母親の育児頻度が高い場合も同様です。そして興味深いのは、父親の育児頻度と母親の育児頻度は、それぞれ独自に子どもの非認知能力とプラスの関連があるということです。
 つまり、母親の育児頻度が高くても低くても、父親の育児頻度が高いかどうかで、子どもの非認知能力に差が見られるということです。育児において父親は、妻の補佐役として妻を支え妻の育児ストレスを減らすことだけでなく、自ら子どもと直接関わることによっても、子どもの将来に対して良い影響を与える可能性が見えてきたのです。
 ちなみに、3歳半のときに不適切なしつけをしていると、5歳時での非認知能力が低い傾向がありました。不適切なしつけとは、「叩く」「ダメとだけ言い、いけない理由を説明しない」「押し入れなどに閉じ込める」ということです。また、就寝が22時以降だったり、母親や父親が喫煙していたり、4歳以降にテレビを一日3時間以上見せていたりしていても、5歳時での非認知能力が低い傾向がありました。
 さらに、5歳時での非認知能力が高いと、小学校入学以降で、クラスでの友人関係が良好で、母親の育児ストレスも低い傾向があります。
 また小学校入学以降の母親の育児ストレスが低いと、子どもの学校生活満足感が高い傾向もあります。
 そして、それら友人関係や学校生活満足感が良好だったり、母親の育児ストレスが低かったりすると、中学校で不登校傾向を経験する確率が低い傾向があるのです。


父親の役割とは?

 小中学校在籍中での不登校傾向に対して、小学校入学以前の家庭状況や父母育児が与える影響は、高くても1割程度です。残りの9割は、学校などの家庭外の環境による影響と、本人の遺伝的素因による影響でしょう。
 しかし、何といっても母親の育児ストレスを減らすのは夫の育児頻度であることは、かなり確かでしょう。そして母親の育児ストレスは、のちの子どもの不登校傾向や社会生活の不利につながるようです。また、幼児期の父親育児が直接、子どもの非認知能力を高める側面もありそうです。
 さらにいえば、母親の育児ストレスや子どもの非認知能力を経由しないルートで見ても、幼児期に父親育児が多いと、小中学校での友人関係満足感や学校生活満足感が高く、中学校で友人関係に悩む確率も低いという傾向があり、それらを経由して、中学校での不登校傾向の経験確率が低い傾向がありました。したがって父親育児は、母親の育児ストレスや子どもの非認知能力を改善する以外にも、子どもの将来の社会的不利を直接改善する力があるようなのです。母子の親密な二者関係を第三者にも開き、社会性を身に付けさせるというような機能が、父親の育児にはあるのかもしれません。
 したがって育児は、まずは夫婦で協力し合って行うのが、子どもの将来にとってベストであるといえそうです。子どもの将来にとって最も良くないのは、父親が育児を妻に任せきりになることでしょう。
「妻を支えることもなく、子どもに関わることもない」という父親(あるいはそういう状況を強いている職場状況や社会状況)は、子どもの将来にとってマイナスなことをしている可能性があるということを、父親もその周りの人々も、そして社会構成員である私たちも、自覚すべきであるように思います。
 とはいえ、以上で述べた「AならばBの傾向がある」というのは、すべて「関連」にすぎず、必ずしも「因果関係」とはいえません。因果関係といえるかどうかは、これから詳しく検証していくところです。そういう意味で、この研究はまだまだ道半ばですが、日本のお父さんお母さんたちにとって参考になるような研究成果を生み出せるように、これからも家事育児や大学業務の合間を縫って、研究を進めていきたいと思っています。